雑文

文章トレーニングと雑文置き場

慣れるという事

 日々挑戦や新しいことにチャレンジしながら生きていきたいと思っている。それは慣れるという事への怖さがあるかもしれない。慣れながらゆったりときちんと一つ一つそれをがんばることができるのであれば、日々ルーティンをこなしながら生きていくことも大切なのかもしれない。

 

 しかし、慣れるという事は悪いことではないのかもしれないとも思う。慣れることはなんとなく怖く惰性で時間を過ごしてしまうことにつながっているからではないだろうか。しかし本当はそうではないだろう。別になれたとしても日々を過ごしていくことは重要であり、日々をしっかりと着実にルーティンをこなしていくということの大切さもあるはずだ。

 

 まだその良さが理解できていないのかもしれない。マラソンのように数年に一度所属が変わり、新しい課題が生まれという日々が10年ぐらい続いている。新しいことを考えるのはとても楽しいし、苦手ではないのかもしれないが、本当は日々をゆっくりと着実に目の前のことをこなしていくという生活もあっているのかもしれない。

 

 新しい職場に来て、年が変わり、もうそろそろ慣れたという事になるのだろうか。まだ全然慣れていない気もするけど、慣れたように見えるのかもしれない。自分ではまだ全然なれたなあという気はしないけど、東京とは離れてしまったなあという気もする。

 

 少し寂しい気持ちと、今住んでいるところで徐々に基盤ができてきた気持ちの両方が共存しているのかもしれない。知り合いやお店の開拓が徐々にできてきた気がする。

 

 ただ結局何をすればという人生の目標がちゃんとたてられていない。やらなくてはいけないタスクが目の前にあり、これをこなせば大丈夫という安心感のもとで頑張ることができるというのは非常に幸せなことだったんだと感じる。

 

 結局は何が悪いわけでもないし、満足していないわけでもないのだけど、刺激に飢えているのかもしれない。確かに時間や心の余裕ができたのかもしれないが、それははたしてよいことだったのだろうか。本当にそれでよかったのか。まだどんどん自分を追い込まなくてよいのか。それを考える一月にしたいと思う。

 

 もっともっと自分はできるしやらなくてはいけないという焦りを捨ててしまえばもうダメ人間になってしまうだろう。それだけは避けたいと強く思っている。

 

 今日も雨の一日。楽しい一日を過ごしたいなと思う。頑張って週末を迎えよう。明日あさってはセンター試験。頑張らなくては。